大判例

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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)4352号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と判断〕本件家屋は建坪一七坪四合五勺、二階一五坪の三戸建一棟の建物であるが、被告はそのうち向て右側の一戸建坪七坪二階六坪の部分を賃借居住している。原告は、まず、昭和三〇年一〇月一五日に口頭の解約申入をしたことにより、昭和三一年四月一四日賃貸借契約が終了したことを理由に、次に予備的に、被告の無断改造による使用法違反と無断転貸とによる契約解除をしたことを理由に、被告に対し明渡と延滞賃料並びに損害金の支払とを求めた。

判決が右解約申入の正当事由存在の判断につき認定した原、被告双方の事情は次のとおり。

「原告は昭和八年頃請求の趣旨記載の三戸建一棟を訴外三田徳三郎から買受け、その東端の一戸に居住し市電運転手として東京市交通局に勤務していたが、昭和二十九年七月二十一日頃都交通局を停年退職し、退職金として約二百五十万円を受領した。これよりさき、それまで金属挽物の見習をさせていた次男を独立させるかたわら自分の退職後の生計のよりどころを求めようとしていた原告は、長男の結婚を理由としてたまたま前記三戸建の中央一戸を賃借していた中島吉治に対し、家屋明渡の本訴を起し結局裁判上の和解によつて移転料八万円を支払つた上、昭和二十九年五月上旬頃同人をして右家屋を明渡させた。その後原告は昭和二十九年十一月頃前記退職金を資金に、前記三戸建家屋の最東端一戸の階下で金属挽物業を本格的に開始し、事業もどうやら軌道に乗つて行つたが、翌昭和三十年註文主たる訴外山崎鉄工所の要請や原告としての事業計画から作業場の拡張と機械(ろくろ、タツピングマシーン等)の増設を企て同年十月十五日被告に対し本件家屋賃貸借契約の解約申入をするに至つた。そして原告の現在の住居の状況を見ると、階下五畳半、階上四畳半、四畳及び三畳二間の五室に原告夫妻、長男嗣夫妻とその幼児、次男利郎、三男清俉、四男国男、三女、使用人土佐貞夫他一名の合計十一名が居住しており、しかも階下の五畳半は昼間は製品の整理等にも使用しているのであつて、すでに相当無理な居住状態と認められ、拡張計画のように階下五畳半を作業場としたら、とうてい前記十一名の居住として間に合わないことは明らかである。」

「被告居住の本件家屋建坪七坪、二階六坪の一戸では、階下に理髪店としての空間が広く取つてあるため、階下は三畳一室、二階六畳二畳の計三室に被告夫婦、長男、次男、次男、三男、長女、次女の七名が起居し、長女(二十二歳)次女(二十歳)の二名は二階二畳に一つの布団で寝ているような状況である。その狭隘さにおいては原告方にまさるとも劣らない(一人当り畳数は原告が二畳であるに対し、被告は一、六畳弱)。また被告は昭和六年頃訴外安良岡から多額の権利金を支払つて本件家屋を理髪店舗のままで借受け理髪業を営んでいたが、戦時中に東京芝浦電機に徴用されたのを機に、真空管販売に手をつけ、昭和二十一年頃訴外永瀬文蔵等知人の融資を受けて国電秋葉原駅附近に店舗(ただしいわゆを床店で住居の役には立たない)を構え、一時二、三流メーカー品真空管の安売りで相当の利益をあげ当初の債務をほとんど弁済したが、経済の安定とともに大メーカー品に圧倒され、昭和二十九年頃に不渡手形決済のため借金したのがきつかけで業績不振となり、昭和三十二年四月廃業した。かようにして被告は、目下真空管販売業を廃業し、小、中、高校通学中の子女三名をふくめて家族六名を擁し本来の理髪業の再開も実現の運びに至らず、不安定な生活状態にあることが認められるので、被告としても本件家屋を明渡すことは精神的にも経済的にも多大の負担を伴うものであることが明らかである。」

そして判決は、以上の諸事情からみると、原告の被告に対する自己使用のためにする解約の申入は直ちに正当の事由ありとはいい難いとしたうえで、更に次のような事実を認定し、かつ判断を示している。

「……を総合すると、原告は退職によりまとまつた金を入手し、長男、二男等もそれぞれ一定の職業に就いて収入を挙げて生活上さしたる不安がないように見えるけれども、家族数多く長男は月給取りであつて僅かな実収入に過ぎず、原告の退職を機に二男の業としている金属挽物業を独立して営むことによつて多人数の家族の経済生活の安定を図ろうとする原告の意図は無理からぬものがあり、被告に対しても本訴を提起するに先立ち調停の申立をなし、本件家屋を明渡ならば或程度の移転料を提供することを申出ているものであること、これに対して被告は転業したところの電気器具の販売業について経済状勢の変動のために失敗に終つて失業の身になつたけれども全然無収入になつた訳でもなく、必ずしも本来の職業である理髪業再開のみを考えているのではなく不動産の売買あつせんの事業にも関係しようとしており、原告に比して商才もあり他に収入を得る途のないものでもないこと(検証の際の原告、被告両家の家財道具類について比べて見ても被告家の方がはるかに裕福に見受けられた)被告は原告からの調停の申立に対して感情的なもつれから明渡すことを強く反対し、移転料の点についても数百万円の貸借を申出る等協調を欠くものであり、本件家屋を明渡しても必ずしもその家族と共に路頭に迷うというが如き状態ではないことを認めることができる。」

「以上のような原告、被告双方の経済状況、解約申入後の事情に前認定の諸事実を総合して考えると、原告が被告に対して単純に本件家屋の明渡を求めることは正当の事由はないといえるけれども、相当額の移転料を支払うときは正当の事由を具備するものと解するのが相当である。そして原告は本訴において移転料の支払を条件にしてでも明渡を求める意思のあることは、弁論の全趣旨から見て明らかである。よつて、当裁判所は、本件は原告に対して移転料の支払を条件として解約申入の正当事由を肯定するのが相当と考え、その額は前認定の諸事情から金二十万円を相当と判断する。」

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